高齢者の研修は成り立つのか

今回のテーマについて、実は筆者は回答を持ちあわせていない。多分、多くの企業人事担当者にとっても大きな悩みである。


それは高齢者の雇用と教育だ。


若い人には向上心も、学習能力もある。でも高齢者には無理だ。そして、ある程度の年齢になった時、それなりの人材に育っていない人まで雇用する義務が企業に求められている。

そうしないと社会保障費が賄えないから。

それは論理が逆転していないか?


もちろん、この国で働いていた現50歳以上の人間は、高い職業訓練を受けており、最低限度の地頭(この人事用語についてはまた別の機会に)、自己管理能力(プロ意識)、コミュニケーション能力を持っていれば、60歳を超えても十分に機能する。

職場を変えても、その特性を活かして成功しているケースはいくらでもある。


問題は、そうでない人が居り、その雇用を企業が行わなければならない、という現実だ。

そのような人材に研修をしても効果はない。分っているが企業の人事は必死に努力させられている。

筆者が知っている限り、現実に行われている高齢層への外部研修の目的は、「身の程を知れ」である。





話は急展開するが、過日、日銀の調査統計局長がG20の事前会合でスピーチしたという内容を聞いた。

最初に「サザエさんの磯野浪平は何歳か」というキレのある問題提起から始まったらしい。


答は54歳!


そんなに若かったか?つまり、高齢化社会ではあるがこれはあくまでも暦年年齢の議論で、

先進国における肉体的機能に基づく年齢はここ50年くらいで10年程度若返っている、ということがデータを基に語られたそうだ。それで経済モデルを回すと、高齢化による経済ダメージは小さくなる。


よって、対応すべきは、暦年年齢で設計されている定年や再雇用、年金の制度、という指摘。

高齢者の職業教育、研修を考えていくうえでも唸る議論だ。


これは研修の手法の問題ではない。

もっと多様な人生を尊重し、結果の平等を追い過ぎないことの方が大事であり、課題の所在ではないかと筆者は考えるようになった。

さらに厳しく言えば、だからこそ若年層からの職業教育問題と向き会わなければならない。



<文・金融、経営管理アドバイザー 博雅>