職業教育を担うのは?

米国にはビジネススクール、ロースクールなどがある。

大学は基礎となる教養を学ぶところだ。


そして卒業後、まず何らかの形で働いて学費を稼ぐとともに、仕事を経験したうえで、ビジネススクール等で高度な職業教育を受け、箔をつける。

日本は違う。学生のまま進んでいく。

そして満足に職業教育を受けないまま、社会に出てくる。

日本ではビジネススクールを出たって箔はつかない。

もともと大学が少子化時代における自身の経営のために作った、学生を長く滞留させるシステムなのだから。


ロースクールの失敗は目を覆うばかりだ。

戦前の日本の教育システムは、旧制中学―旧制高校で基礎教養を学び、

大学の前半2年で専門知識の基礎、後半の専門課程2年で職業教育を行っていた。

人材の促成栽培システムとしては良くできていた。


では、戦後、誰が職業教育を行ったのか?それが上手くいったからこそ今の日本がある。

それは企業だった。

企業にとっては新入社員というのは職業訓練生である。

だから一斉に採用して教育する必要がある。

新社会人もそこはよくわかっていて、職業教育にコストをかけてくれる大企業にまず入る。そこから転職する。



今、このシステムが崩壊しつつある。


問題は大きく2点。


第一に、職業教育を各企業が行うので、企業文化が底流に残り、普遍性に劣る。よって、プロとしての力を活かした転職が難しくなる。

第二に、職業教育のコストを企業が負担できなくなってきた。環境変化に合わせた教育プログラムの組成は容易ではない。

大企業であればなおさら。せっかく育成した人材の転職も止められなければ、コストを回収できない。


この課題を高等教育システムの変革に依存しないで、つまり目の前にある課題を直ちに解決する必要がある当事者には、どのような選択肢があるのだろうか。普遍性を持たせた職業教育を、企業がすべてのリスク、コストを背負わないように行う方法はあるだろうか。


正解はまだ分らないが、職業教育の場を、個人も企業も、ある程度社外に外出しする、ということが当面の策と考える。

ただし、そのためには個人がこれまで以上に負担を求められることを忘れてはならない。


<文・金融、経営管理アドバイザー 博雅>