二人のトップディラー

もう随分と前になるがNYの銀行で働いていた。


市場部門では最もリスクの高い、米国30年債のディーラーがエース。

もちろん給料も高い。そこに二人のディーラーが居た。


一人はPennsylvania大学ウォートン校という超一流ビジネススクールを出たばかりの若者。

もうひとりは、高校を出てマクドナルドの販売員から社会人をスタートした40歳前後の女性。


若者はもちろん、学歴で職を得た。米国では採用面接で住所や性別など、差別に繋がる質問はご法度。その際、学歴と職歴がものをいう。これは本人に関する全く客観的な情報だからだ。米国は学歴社会だ。出身校で仕事が決まる。


一方の女性ディーラーは、高校を出てシカゴのマクドナルドで朝マックを売っていた。毎朝、やってくる近所の銀行の幹部が、彼女の機転の良さを評価して、銀行で働かないか、と声をかけた。

彼女は給料が上がると喜んで、銀行のバックオフィスで働くことにした。


担当する仕事で次々に成果を上げ、ついに市場部門でディーラーとなり、

ヘッドハンティングされて、筆者の勤めていた銀行にやってきた。


米国は職歴社会だ。経験で仕事が決まる。



さて、翌年、一方は解雇されて転職を余儀なくされた。それは学歴の高い若者の方だった。


米国は実績社会でもある。


筆者はこの厳しいシステムを手放しで称賛するわけではない。当然、敗者には日本では想像もできないほどの厳しい生活が待っている。

NYはクレジットカードの種類と色で、レストランの席が決まり、有名百貨店のレジの順番が決まる。カネを持っているかどうかは、NYではかなり重要で客観的な人物評価情報だ。

付け加えておくと、これは米国内でも「傲岸な人たち」と呼ばれる人々が競争を繰り広げる、NYならではの事象ではある。


欧州や中国は、かなり身分社会であることは間違いない。高校進学でかなりの人生が決まる。

エリートとして教育を受けることができるようになるためには、親にお金も身分も必要だ。



翻って日本。上記のような社会とは全く違ったシステムで成功してきたが、徐々に変わってきている。


バラ色ではないと思うが、その変化を各人が受け入れ、備えなければならない。




<文・金融、経営管理アドバイザー 博雅>