「おもてなし」の弊害

東京2020まであと1年をきった。誘致におけるプレゼンで「お・も・て・な・し」が使われたことは印象深かった。まさか、小泉先生までおもてなしするとは…。


さて、観光業界の課題について話し合うと、長くこの問題に携わった財界人ほど「おもてなしはカネにならない」、と主張する。何故?


視点を変えて日本の物価が諸外国と比べて上昇しない理由を考えてみる。それはサービス価格が上昇しないから。ロボット、AIのおかげで製造業の生産性はどんどん上昇する。ますます人手が要らない。モノの価格は下がる。だからこそ、他の先進国はサービスに関する付加価値で稼ごうとする。ところが日本はサービスに対する対価を払うことに極めて厳しい。


「おもてなし」は無料だからだ。ホテル経営者にとっては従業員の確保は大きな課題となっているが、その処遇は必ずしも恵まれていないし、社会的なステータスも低い。


日本の「モノづくり」大好き文化もある。「チップ制度を入れてサービスはただではない、

という文化を育てるべきだ」と語る観光関係者も少なくない。

消費者のクレーマー問題もよく話題になるが、サービスを提供されている、それは対価を払うものだ、という認識が弱いことが原因。無料のサービスを強要している。

働く方も給料が同じなら、サービスで付加価値などつける気はない。

経営者も機械か機械と同じ動きをする給料の安いヒトで十分と考える。


日本はサービス対価のダンピングを行っているのだから、物価は上がるわけもなくデフレは

続く。インバウンド観光を支えるのは、円安と観光産業のダンピングと言ったら言い過ぎだろうか。

設備投資は人件費削減による生産性の向上が目に見えて現れる。サービス向上は人間に対する投資が必要だが、このままでは成果が数字に表れない。


ヒトに対する投資の仕方の問題もあろう。しかし、根本はサービスの付加価値が価格に反映

されないからだ。労働の対価を時間ばかりで議論することも、サービスによる付加価値を完全に無視している。


観光業に限らず、我が国の今後の経済構造を考えるうえで、「おもてなし」をもてはやすのは自殺行為だ。



<文・金融、経営管理アドバイザー 博雅>